大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行コ)125号 判決

千葉県船橋市習志野台一丁目一四番一八号

控訴人

上野千津子

控訴人

上野彰子

船橋市習志野台二丁目二八番九号

控訴人

岩永穎子

右三名訴訟代理人弁護士

佐藤義行

鶴見祐策

後藤正幸

千葉県船橋市東船橋五丁目七番七号

被控訴人

船橋税務署長 飯田博

右指定代理人

戸谷博子

加治屋豊

佐々木正男

小野雅也

古瀬英則

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が平成三年三月六日付けでした控訴人上野千津子昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額一四二一万九三四二円、納付すべき税額三〇六万七一〇〇円を超える部分、昭和六三年分の所得税の更正のうち総所得金額一二〇一万〇一五四円、納付すべき税額二〇〇万四三〇〇円を超える部分及び平成元年分の所得税の更正のうち総所得金額一二八三万九四〇二円、納付すべき税額二二八万〇一〇〇円を超える部分並びに控訴人上野千津子に対する右各年分過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

3  被控訴人が平成三年三月六日付けでした控訴人上野千津子昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額三三〇万五四八三円、還付金の額一一万四三八六円を超える部分、昭和六三年分の所得税の更正のうち総所得金額三〇七万九三七八円、還付金の額一八万〇二八〇円を超える部分及び平成元年分の所得税の更正のうち総所得金額四五七万九〇一八円、納付すべき税額七万一六〇〇円を超える部分並びに控訴人上野彰子に対する右各年分過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

4  被控訴人が平成三年三月六日付けでした控訴人岩永穎子昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額六二四万四七七七円納付すべき税額五二万七二〇〇円を超える部分、昭和六三年分の所得税の更正のうち総所得金額五四一万九四四七円、納付すべき税額二八万〇九〇〇円を超える部分及び平成元年分の所得税の更正のうち総所得金額六一八万一〇八七円、納付すべき税額四七万八七〇〇円を超える部分並びに控訴人岩永穎子に対する右各年分過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

本件の事案の概要は、原判決の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴人らの当審における主張は、基本的には原審における主張を再論し敷延するもの、あるいは原判決の認定判断を批判するものと考えられるので、争点に対する判断において、必要に応じて記載する。

第三当裁判所の判断

一  控訴人らの総所得金額等について

この点については、当裁判所は、当審における控訴人らの主張及び立証を斟酌しても原判決の判断を相当と考えるので、原判決の「第三 当裁判所の判断」の一項の説示(原判決五五頁から八六頁六行目まで)を引用する。ただし、原判決六七頁六行目から八行目まで、七八頁六行目から八行目まで及び八五頁八行目から一〇行目までをいずれも削る。

二  控訴人らの主張について

1  所得税法一五七条一項の要件等について

原判決八六頁八行目の「1」の次に「(一)」を加えた上、同行から八七頁一〇行目までの説示を引用する。

そして、八七頁一〇行目と一一行目の間に、次のとおり加える。

「(二) 控訴人らは、所得税法一五七条一項一号は、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合にはその株主等の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときに、その行為又は計算を否認することができる旨を規定するから、否認の対象となる行為・計算は株主等の個人の行為・計算ではなく同族会社の行為・計算であるところ、同族会社であるとはいっても、上野商事は会社であり、会社が他人から安い賃料で建物を賃借し、これを高い賃料で転貸することは、経済人たる会社として合理的かつ自然な行為であって、これを否認されるいわれはないと主張する。

しかし、同条の規定及び趣旨からすると、同条の適用に当たっては、株主等と同族会社との間の取引行為を全体として把握し、その両者間の取引が客観的にみて、個人の税負担の不当な減少の結果を招来すると認められるかどうかという観点から判断するのが妥当であって、同族会社のみの行為・計算に着目して判断するのは相当でない。控訴人らの主張は、その前提において採用できないというべきである。

右のような立場からすると、本件控訴人らの上野商事に対する賃貸料額は不合理・不自然といわざるを得ない。

(三) 次に、控訴人らは、個人からの賃貸料額が転貸料額に比べて低額であることのみをもって所得税法一五七条一項の要件を満たすとするのは不当であり、控訴人らの上野商事からの配当所得及び給与所得等をも考慮して判断すべきであると主張する。

たしかに、控訴人らの上野商事に対する賃貸料額が低額な反面、上野商事にはそれだけの所得が発生し、これに対し上野商事は法人税を負担するのであり、また、控訴人らも、上野商事の収入を原資として上野商事から配当及び給与の支払を受けており、これらをも所得として申告しているものであるところ、所得税法一五七条一項は税負担の公平を期するために、同族会社との関係において不当に所得税額を減少させる結果となる行為・計算を否認しようとするものであるから、前記のように、株主等と同族会社等との間の取引行為を全体として把握し、その両者間の取引(行為・計算)が客観的にみて個人の税負担の不当な減少を結果するものと認められるかどうかを判断するのが相当である。そうとすると、控訴人らの指摘することがら全体を考慮するのが妥当と考えられる。

そして、本件においては、控訴人ら主張の配当所得及び給与所得の点を考慮しても、賃貸料額が転貸料額に比べて余りに低額であって、控訴人らと上野商事の間の取引全体としてみても、所得税額を不当に減少させる結果となると認めることができ、被控訴人が所得税法一五七条一項に該当すると認定したことには誤りがあるとはいえない。」

2  適正賃貸料額の算定について

この点については、控訴人らの当審における主張を斟酌しても、原判決の説示(原判決八七頁行末から九五頁行末まで)を補正・変更すべき点はないから、右部分を引用する。

3  配当所得及び給与所得の金額について

原判決九六頁二行目から八行目までを引用し、九六頁九行目から九七頁七行目までを次のように改める。

「 そこで、検討する。

上野商事は本件各建物転貸・管理のみを扱っているので(甲六)、本件において、被控訴人のしたとおり行為・計算の否認をすると、上野商事の収入としては、適正管理料額しか計上しえないことになるから、例えば昭和六二年の上野商事の収入は、原判決別表七のとおり、控訴人千津子に関する九三万九五四六円及び控訴人彰子に関する四九万七七八三円の合計一四三万七三二九円となる。これを前提とする限り、これらをすべて控訴人らに対する配当及び給与に充てたとしても、控訴人らの配当所得、給与所得(総額一一九八万七〇〇〇円)にははるかに満たないことになる(被控訴人は、上野商事は他の事業も扱い得るというが、当時の状況を前提とする限り、右のとおりと判断される。)

これに対し、被控訴人は、「所得税法一五七条一項を適用して控訴人らの受取賃貸料額(上野商事の支払賃貸料額)を適正賃貸料額に置き換えて計算するのは、単に所得税の計算上のことであって、それは、上野商事と控訴人らとの間で現実になされた行為の効果に何ら影響を及ぼすものではないから、仮に、本件各建物の適正賃貸料額を上野商事が控訴人らに支払うものとしたことによって、計算上、上野商事にもはや控訴人らに対する配当金や給与全額の支払をする余裕がなくなったとしても、そのことから直ちに控訴人らが既に受領した配当金や給与の一部を返還しなければならないわけではなく、控訴人らの主張は当たらない。」と反論する。

たしかに、同族会社の行為・計算の否認は、適正所得の把握のために行われるものであって、現実の行為の結果に影響させようとするものではない。しかしながら、行為・計算の否認は、実質的に公平な課税を行うために所得を適正に把握しようとする制度であり、かつ、現実になされた相互に関連し一応整合性を有する一連の行為・計算を否認して、別の行為・計算に引き直すものであるから、現実になされた行為・計算の一部のみを取り上げて否認するのは必ずしも妥当ではなく、これと必然的に関連する他の部分をも否認して計算をし直すことが妥当な場合が多いと考えられる(被控訴人は、右のような関連する事項にわたる否認を行うことは、所得税法一五七条一項の文理が予定している否認対象の範囲を逸脱するというが、必ずしもそのようには断定できない。)。したがって、行為・計算を否認することにより、全体として所得の正確かつ実質的把握に資するようにすべきであって、一部の行為・計算のみの否認が全体として正確かつ実質的把握を損なう場合には、問題があるとしなければならない。

被控訴人は、また、役員報酬は定款又は株主総会の決議によって支給額が決定され、支給原資の有無にかかわらず支払債務が発生するものであることなどから、これを否認することはできないかのようにいうが、所得税法は、同族会社の行為・計算で、これを容認した場合には株主等の所得税を不当に減少させる結果となるものについて、実体上の行為・計算の効果には触れずに、所得税の課税上否認し別の計算に引き直すものであるから、役員報酬の額等がおよそ否認の対象とならないものであるとの解釈には疑問がある。

もっとも、同族会社の行為・計算を否認するに当たり、関連するすべての事項を否認して計算し直すことは、相当の困難を伴う。本件の場合においても、前記管理料をもって上野商事の収入とすることは一応できると考えられるが、これをどのように控訴人ら各人の給与・配当等に計算し直すかなどについては、当該同族会社の定款等その他の種々の要因をも考慮せざるを得ないから、給与・配当の算定に相当の困難が伴うことは否定できない。その一方で、本件のような同族会社の行為・計算の否認が法的に是認されれば、その後は、納税者がこれを前提とした申告を行うものと期待することができ、その意味で、行為・計算の否認は警告的予防的機能をもあわせもつとみざるを得ない(しかし、実質課税ないし課税の公平の原則に照らすと、右の警告的予防的機能を強調しすぎるのは妥当でない。)。そうすると、同族会社の行為・計算の否認の結果、株主等に対する課税額等において著しく苛酷になるのであれば別として、そうでなければ、本件のような一定の箇所についての行為・計算の否認も、これをもって直ちに違法と断ずることは困難な面があるといわざるを得ない。そして、本件と基本的に同一の問題について、福岡地方裁判所平成四年五月一四日判決(同裁判所平成元年(行ウ)第二七号)の判決は、課税庁の否認及び役員報酬を考慮しない措置を是認し、右判決は、控訴審において控訴棄却となり、最高裁平成六年六月二一日第三小法廷判決(最高裁平成五年(行ツ)第七四号)においても、原判決に違法の点はないとして上告が棄却されているので、最高裁判所もこのような扱いを是認したものと考えられる。

4  二重課税について

原判決九七頁九行目から九八頁四行目までを引用し、九八頁五行目から九行目までを次のように改める。

「 これに対し、被控訴人は、控訴人らと上野商事は別個独立の課税主体であって、控訴人らの所得税について所得税法一五七条一項を適用して更正処分をしたからといって、直ちに上野商事の法人税についてまで更正処分をしなければならないわけではないと主張する。

控訴人らに対する本件各更正は、上野商事の行為・計算を否認し、控訴人らが転借人に直接賃貸したように擬制して行うものであるから、その擬制方法は、その論理必然的な結果として、上野商事の転貸料収入は発生せず、管理料収入のみが発生することをも意味しているというべきである(前記のように上野商事は本件各建物しか扱っていない。)。上野商事に対する課税をそのままに放置することは、実質課税の見地からすると、妥当でないと考えられるが(本件のような行為・計算の否認をした場合において、配当所得、給与所得について更正をせず、かつ、上野商事についても更正をしないとすると、控訴人らが個人として本件各建物を直接利用者に賃貸した場合に比しても、ある程度高額の課税がなされる結果となる。)、本件訴訟の対象とされたのは、控訴人らの所得税に関する更正処分の適否であるから、当裁判所としては、右の点には触れない。なお、上野商事に対して更正処分がされていないことから、本件更正処分(行為・計算の否認)が違法となるものとまでは解されない。」

5  本件各更正処分の理由不備について

この点は、原判決の説示を補正すべき点はないから、原判決九八頁行末から一〇〇頁二行目までを引用する。

第四結論

以上の次第で、被控訴人の本件各更正及び各過少申告加算税賦課決定は、違法とはいいがたく、これらの取消しを求める控訴人らの請求は結局において失当である。

原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成九年一〇月三〇日)

(裁判官 岩井俊 裁判官 高野輝久 裁判長裁判官宍戸達徳は、退官のため署名押印することができない。裁判官 岩井俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例